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建物を丸ごと移動!?東京都港区の文化財『旧協働会館』の揚屋工事見学会に行ってきた

2018.08.24


街を歩いていると、ときどき見かける歴史を感じる建物。全国に歴史的な建物は多くありますが、意外と身近なところにある場合も。今回の工事見学会で見学をした『旧協働会館』も古い街並みの中ではなく、東京都港区にポツンとある文化財です。今回は東京都港区の指定文化財『旧協働会館』の揚屋工事見学会の様子を紹介します。

東京都港区の旧協働会館とは?

港区の『旧協働会館』とは、昭和11年に「置屋(芸者や遊女の待機場所または居住地)」「料亭」「待合茶屋(芸者と遊興する場所)」をまとめた三業組合の「見番(連絡や事務所)」として建てられた建物で、都内に唯一現存する木造の「見番」の形を留めた建物です。戦後は港湾労働者の宿泊所として使用され、2階は日本舞踊の稽古場や集会のために貸し出されていましたが、平成12年に老朽化により閉鎖されました。
その後、保存・利活用を望む地域の方の声で平成25年に地域活動・交流等の拠点として整備することが決定。しかし、建物の耐震性について補強が必要とされていたため、区有指定文化財としての価値を損なうことなく保存・改変ができるように港区文化財保護条例の規定に基づき計画を行い、着手することとなったのが今回の工事です。2018年3月に着工したこちらの工事ですが、竣工予定は2019年12月なのだそう。長期にわたる工事の中でも今回見学することができた、揚屋工事の様子をレポートします!

揚屋工事とは?


見学した「揚屋工事(あげやこうじ)」とは、建物をまるごと移動させる「曳家工事(ひきやこうじ)」をするために、ジャッキを使用して建物を持ち上げる工事のことをいいます。いわゆるジャッキアップのことですね。今回の『旧協働会館』は、隣地との距離が狭く後のメンテナンスの困難が予想されたため8mの曳家を行う必要がありました。そのため30㎝ずつジャッキで持ち上げ、最終的に2mの高さまで持ち上げた後、8m曳家する予定なのだそう。残念ながら曳家工事の様子は敷地がなく安全を確保できないとの理由で公開はしないとのことですが、建物が8mも動くなんて信じられませんね!

隣地との間がとても狭いのがわかります。

『旧協働会館』の揚屋工事はここがすごかった!

見学会当日は34度を超える気温の中、定員いっぱいの方が集まって行われました。発注者の港区施設課の方の挨拶から始まり、設計者である株式会社青木茂建築工房の青木先生と、施工者の中央建設株式会社の方から着工前の様子や工事概要の説明があった後30分ほど実際の現場を見学するという流れでした。
それでは実際の現場写真と一緒に工事のポイントを紹介します!

64tの建物が本当に持ち上がっている!



揚屋工事のすごさは何といっても約64tの建物が地面から持ち上げられている状態だということ。建物を持ち上げる前に土壁や瓦などを撤去して軽量化していても約64t(ジャッキを入れると84t)あるそうですから、相当な重さといえます。写真に真新しい木の筋交い(建物の補強のため、ななめに交差させてとりつけた木材)と赤いレールが写っていますが、この仮筋交いとレールで建物の固定を行いジャッキで徐々に持ち上げていくのだとか。ジャッキで持ち上げる際はコンピューターで制御しながら行い、ジャッキの周りに井型にはめ込んである木材(サンドル)は、人の手ではめこみを行ったのだそうです。
揚屋工事は1日に30㎝ずつ持ち上げるので2m持ち上げるのにもそれなりの日数を要しますが、それ以上に、古い建物のため強度計算や瓦や土壁をその後復旧させるための手配など文化財ならではの準備もかなりの期間をかけて行われたとうかがい、ここまで持ち上げるのに着工から約5か月かかったというのも納得でした。

この木は1本ずつ手作業で入れているのだそう

持ち上げた後は1日で8mの移動が可能



揚屋工事は1日で30㎝しか持ち上げることができないうえに、移動できる強度があるかの確認や仮筋交いでの補強等の準備にもとても時間がかかります。しかし、建物を移動させる曳家工事自体は準備が終わればなんと1日で8m移動させることが可能なのだそう! 移動させる際は現在設置されているレールに写真のような滑車を取り付け、滑車の下にもう一本レールを設置して滑車を挟み込み、ウィンチで引っ張ることで移動させるのだとか。約64tを移動させるとは思えないほどシンプルな仕組みですが、これで8mも移動させるのは驚きですね。

工事後はできるかぎり元通りに復旧!

工事後は特徴的な百畳敷も復旧予定


今回の工事では文化財としての保全工事を行うと同時に、活用のための改修工事も行われることが最大のポイントといえます。保全という意味では、今は揚屋工事のために瓦や土壁などを撤去していますが、それぞれの部材1つずつに番号をつけて最終的に元の位置に戻す計画です。また、塗ってある漆喰の材料や塗り重ねられる前の壁色の調査を行うことで、古い時代の様子が新たに発見されたこともあったようです。今後は調査の結果を踏まえ、見番として利用されていた時代以降の改変箇所は見番当時の形態に復元され、安全性の確保や耐震性能の確保などの理由で整備しなければならない箇所に関しても、見番時代を再現するような改装が行われます。
あらたに増築する棟や外壁の取り換え部分に関しても、既存の木のイメージを損なわないような木材を使用して整備します。増築棟は伝統的な庇(ひさし)や開口部の位置などの寸法・形態を継承することで、文化財である既存棟と調和させる計画なのだそうです。
保全をするためには当時を再現する必要があり、当時を再現しただけでは活用するための利便性が下がるという難しい工事で、筆者としても「修繕とは何か」を非常に考えさせられる工事見学会でした。

残念ながら工事がはじまる前の『旧協働会館』を訪れたことがないのですが、正面玄関や2階の百畳座敷、楽屋や内部階段の意匠など、特徴的な部分を中心に保存されるとのことなので、今から完成が待ち望まれます。 2019年12月の竣工後、地域活動の拠点としてどのように利用されるのか、これから注目の施設となりそうです。

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